「言ったさ」
それはひどく低い言葉。この薄い暗闇に、これほど似合う声音はない。
「確かに言った。だって、お前が欲しかったから」
そう。俺は、君が欲しかった。だから言った。
バラす代わりに、俺と付き合ってよ
「え?」
美鶴が聞き返すのと同時、里奈は声を押し殺して泣き出した。そんな態度に優輝は肩を竦める。
もう一本、タバコを咥える。
そうして、ゆっくりと美鶴を見下ろす。
「付き合う時にね、里奈はこう言ったんだ。美鶴には知らせないでくれってね」
「え?」
「美鶴には、美鶴には言わないでっ」
「万引きの事、そんなに知られたくない?」
呆れたような優輝の視線に、里奈は激しく頭を振る。
「万引きなんてどうでもいいのっ!」
握り締めた両手を振りかぶり、ありったけの声で叫ぶ。
「万引きなんて、どうでもいいのよっ!」
「じゃあ、何さっ」
ワケがわからず、苛立ちが湧き上がる。
「付き合うこと、美鶴には言わないで」
項垂れる。そこからポタリと涙が一粒。
「絶対に、絶対に言わないで」
「どうして?」
「どうしてもっ!」
美鶴には、知られたくない。
だって美鶴には嫌われたくないから。
美鶴に嫌われたくなくてこんな男の子に相談して、脅された挙句お付き合いするなんて、そんなコトが美鶴に知れたら、自分は本当に嫌われてしまう。
でもいったい、いったい自分はどうすればいいの?
美鶴に相談したい。でもできない。
美鶴に嫌われたくない。でも美鶴が必要だ。
美鶴は情けない人間が嫌い。でも自分はいつも言いたい事が言えなくて、他の女の子に苛められてベソかいて、そのたびに美鶴に助けてもらってる。
これ以上美鶴に、情けない姿を見せたくない。
でも自分には……
頭の中がグチャグチャになる。万引きのコト。蔦康煕のコト。澤村優輝。
でも一番は、美鶴のコト。美鶴がいなくなったら―――
考えただけでもゾッとする。
だって、美鶴の隣が、自分には一番だから。
「羨ましいよ」
クッと喉で笑う。
「そこまで惚れ込まれるなんてね」
ほとんど減っていないタバコを、強く机に押し付ける。
机から降り、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「お前には勝てなかった」
視線は、里奈も美鶴も見てはいない。ただ虚ろに床を見つめる。
「どうしても、お前には勝てなかった」
里奈と優輝の関係は、やがて他生徒の間で噂になった。
もともと二人とも有名人だ。お互い、異性からの視線をそれなりに集めながら生活している。バレない方がおかしい。
なのに美鶴は気づかなかった。異常なほどに気づかなかった。
「お前にバレそうになるたび、里奈はそれこそ気が狂ったように工作したよ」
美鶴にだけは… 美鶴にだけは知られてはいけない。
「あの頃の里奈に比べたら、今の俺なんかまだ正常の範囲かもしれないな」
美鶴に頼りきってしまった、その存在の大きさゆえに他が見えなくなってしまった、脆弱さが暴走した哀しい盲目。
その瞳に映るのはただ一人。ただ一人、美鶴だけ。
「俺がどれほど近くに居ても、いつもお前なんだ」
呆けたような優輝の瞳に、怒りのような苛立ちが光る。
「里奈の内に居座るお前の存在に、俺はどうしても敵わなかった」
優輝がどれほど想いを寄せても、里奈にとっての一番は美鶴。
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