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【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第1節 MI・TSU・RU 依存症 [7]




「言ったさ」
 それはひどく低い言葉。この薄い暗闇に、これほど似合う声音はない。
「確かに言った。だって、お前が欲しかったから」
 そう。俺は、君が欲しかった。だから言った。

 バラす代わりに、俺と付き合ってよ

「え?」
 美鶴が聞き返すのと同時、里奈は声を押し殺して泣き出した。そんな態度に優輝は肩を竦める。
 もう一本、タバコを(くわ)える。
 そうして、ゆっくりと美鶴を見下ろす。
「付き合う時にね、里奈はこう言ったんだ。美鶴には知らせないでくれってね」
「え?」





「美鶴には、美鶴には言わないでっ」
「万引きの事、そんなに知られたくない?」
 呆れたような優輝の視線に、里奈は激しく頭を振る。
「万引きなんてどうでもいいのっ!」
 握り締めた両手を振りかぶり、ありったけの声で叫ぶ。
「万引きなんて、どうでもいいのよっ!」
「じゃあ、何さっ」
 ワケがわからず、苛立ちが湧き上がる。
「付き合うこと、美鶴には言わないで」
 項垂(うなだ)れる。そこからポタリと涙が一粒。
「絶対に、絶対に言わないで」
「どうして?」
「どうしてもっ!」
 美鶴には、知られたくない。
 だって美鶴には嫌われたくないから。
 美鶴に嫌われたくなくてこんな男の子に相談して、脅された挙句お付き合いするなんて、そんなコトが美鶴に知れたら、自分は本当に嫌われてしまう。
 でもいったい、いったい自分はどうすればいいの?

 美鶴に相談したい。でもできない。
 美鶴に嫌われたくない。でも美鶴が必要だ。
 美鶴は情けない人間が嫌い。でも自分はいつも言いたい事が言えなくて、他の女の子に苛められてベソかいて、そのたびに美鶴に助けてもらってる。

 これ以上美鶴に、情けない姿を見せたくない。
 でも自分には……

 頭の中がグチャグチャになる。万引きのコト。蔦康煕のコト。澤村優輝。
 でも一番は、美鶴のコト。美鶴がいなくなったら―――
 考えただけでもゾッとする。
 だって、美鶴の隣が、自分には一番だから。





「羨ましいよ」
 クッと喉で笑う。
「そこまで惚れ込まれるなんてね」
 ほとんど減っていないタバコを、強く机に押し付ける。
 机から降り、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「お前には勝てなかった」
 視線は、里奈も美鶴も見てはいない。ただ虚ろに床を見つめる。
「どうしても、お前には勝てなかった」
 里奈と優輝の関係は、やがて他生徒の間で噂になった。
 もともと二人とも有名人だ。お互い、異性からの視線をそれなりに集めながら生活している。バレない方がおかしい。
 なのに美鶴は気づかなかった。異常なほどに気づかなかった。
「お前にバレそうになるたび、里奈はそれこそ気が狂ったように工作したよ」
 美鶴にだけは… 美鶴にだけは知られてはいけない。
「あの頃の里奈に比べたら、今の俺なんかまだ正常の範囲かもしれないな」
 美鶴に頼りきってしまった、その存在の大きさゆえに他が見えなくなってしまった、脆弱さが暴走した哀しい盲目。
 その瞳に映るのはただ一人。ただ一人、美鶴だけ。
「俺がどれほど近くに居ても、いつもお前なんだ」
 呆けたような優輝の瞳に、怒りのような苛立ちが光る。
「里奈の内に居座るお前の存在に、俺はどうしても敵わなかった」
 優輝がどれほど想いを寄せても、里奈にとっての一番は美鶴。







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